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#9


これははやてがフェイトに話した昔話です。
ものすごく分かりにくいです。







#9 【剣と盾の違いは】



強靭な刃物が、木を切り裂く、鈍い音。
人間のものとは思えない、獣のような叫び声が、女性や子供の悲鳴に混じり、聞こえる。

狭い木箱の中、震えて時が過ぎるのを待つしか出来ない自分が、酷く憎い。
幼き身の少女、八神はやては、小さな掌にその悔しさをぶつけて、握った。

自分に力があれば。自分がもっと強ければ。
藍の瞳は強い願いが支配する。叶えられない、願いが。
暗闇が眼前を覆う恐怖は無い。そんなものに怖がってはいられないから。
優しい?家族?は、自分を責めやしないだろう。
でも、その温情に甘えてはいけない。自分は、あの子達の主で、親なのだから。

はやては決意する。例え足を引っ張ることになるとしても、黙ってこの場をやり過ごして、一人で悠々と逃げるなんて、そんなことはしたくないから。

ぐ、と。はやてが先刻の意とは違う思いで拳を握った、直後。
聞き覚えのある、いや、毎日隣で聞いてきた、優しくて強い声が、唸った。

「シグナム!?」

はやては己の耳を疑い、そして次に目を、疑った。
それは、先程まで蹲っていた暗闇の、何倍も恐ろしい、赤―

「シグナム!! どないしたんや!? 烈火の将が、こんな…!」
「来ては駄目です! 主!!」

咆哮のように、叫ぶ先。
無精髭を生やした、甲冑を纏っている男。
手には、剣と、一人の、

「……――――」

はやては声にならない声を上げた。
俯いて、刹那で脳に刻んだ、大事な家族の、怒りに満ちた顔を、巡らせる。

「…そうやよなあ…。みんな、優しいもんなあ…」

目尻に浮かぶ涙は、頬に伝わる前に止まった。
寝巻きで肌寒く、素足に触れる床は冷たい。外は、雪だった。

「許さへん…! あんたら絶対、許さへん…!!」

はやては怒り狂い、理性を捨てた。
男は下品な笑いを浮かべ、人質の少女を担いだまま、剣を目の前の獲物へ翳す。

誰がどう見ても、勝敗の結果は明らかで。
シグナムは怪我を負った足で必死に主を追い、両手と両足を縛られたヴィータとシャマルは泣き叫んだ。
誰も助けることが出来ない。主に恩を返せないまま、失う―


鮮血が

‐銀色の髪‐と共に、散った。


「りい、ん…?」

刃とは違う、銀の波を、はやては半ば呆けながら、見つめた。

それは、当時のはやての最愛の人間。
はやての恋人の、リイン・フォースが、彼女の盾になっていたのだ。

「リイン!? リイン!! なんで、どうして!!!」

はやては叫んだ。
リインは立つことすら出来ない、重度の病を患った身なのだから、ベッドから離れられる筈がない。

目の前の現実が、受け入れられない。

「ぐ、はっ…!」
「リイン!! 嘘やろ…!なあ、リイン!」

涙が溢れて、止まらなかった。

「は、やて…」
「リイン!喋ったらあかん!!」
「もう、いいんです…。助かりません…」
「阿呆!諦めてどないすんねん!!ずっと、ずっと傍に居てくれるって言うたやないか!!」

どくどくと、絶え間なく溢れ出す真紅の水に、澄んだ透明の水が混ざる。
誰よりも温かかった筈の背中が、今はどうしようもなく冷たかった。

ぐしゃぐしゃになった顔で、誰よりも強かった背中を抱きしめる。

「はやてが死んでしまったら、意味がありませんよ…」
「そんなん、リインが居なくなってもうたって一緒や!!うちは、うちは…!!」
「はやて…。
私は、あなたに恩を返すために、今まで共にあったのですから…。
あなたの為に死ねるのなら、私は幸せなんです」

背中から回されている小さな手を、血の気の失せた冷たい手が包んだ。
とても弱々しく、僅かな力であったが、はやてはそれをこの世の何よりも愛おしいと、感じた。

「今まで、ありがとうございました…。愛していましたよ、最後まで、ずっと…」
「り、いん…。 リイン!? リイン!!!」

そして、彼女、リインの心臓は止まった。
同時に、はやての涙も。

「―…っ」

はやてが、怒りと、悲しみの絶叫を出そうと、上を仰いだ。
屋根を越せば、灰色で埋もれた空と、純白の粉雪が見えるのであろう、上を。

神を恨み、運命を憎み、自分を呪う。
そんなことをして、今腕の中で眠っている彼女が喜ぶかどうかなんて分からない。
只、自分には、情けない自分には、これくらいしか、今の感情を鎮める術が思いつかないから。

「…ごめんな、リイン…」

褐色の頭髪が、彼女の眼を、覆い隠す。
そんな少女の周囲が、一瞬にして、桜色に染まった。

「え…―」

綺麗な光。そう思った。
見開いた目に映ったのは、淡い灰色に覆われた、空だった。

「………桜…」

雪に混じる、温かい桜色。
外の冷気すら感じさせない、全てを麻痺させる、輝きだった。

―舞い降りたのは、少女。
はやてと同い年くらいの、亜麻色の髪と蒼茫の瞳を持った、白い少女だった。

少女は美しい桜色の翼を納め、床に垂れる紅い血を踏みつけた。
見た目は十にすら届いていないであろう幼い容姿。違うのは、その身から放たれる、恐ろしいほどの魔力と、艶麗。

はやては怯えた。と同時に、安堵した。
敵だと確信した訳でも、助けてくれると思い込んだわけでもない。
心が、脳が、勝手に動いていとでもいうのだろうか。

何を思って、どのくらい目の前の奇跡に見入っていたのかは分からない。
気が付くと、その少女は此方を向いて、笑っていた。

「ごめんね、遅れた。でも、もう大丈夫だよ」

はやてが何を言うか考えている間に、少女は右手に魔力を宿す。
男は怯み、手中の少女を掲げた。これでも手が出せるのか。男は笑って、剣を桜色に光る少女に向けた。

「…それ、その子に当たると危ないからさ。ちょっと消すね」

にこりと、少女が微笑んだ。
男は数秒、自分の手を見て、拳を握り、その過程を何度も繰り返した後で、やっと剣が消えたことを理解した。
間抜けた悲鳴を上げる男を尻目に、少女は魔法光で再び空間を桜色に染めた。

「早く放してくれないかな、その子…。
小父さんごと、燃やしちゃうよ?」

茶化すような声だったが、全く冗談には聞こえなかった。
捕まっても叫ぶだけだった人質の少女が涙腺を緩めるほど恐ろしい光景に、はやては震えた。
しかし、それは恐怖からではない。それは、分かった。

「だからさ、早くここから失せろって言ってるんだけど…。
大人って、物分り悪いんですね。目障りなんですよ、あなた方」

右手が、少女の胸の前辺りまで持ち上げられた。
小さいほどの手の平が、男の恐怖心を臨界点まで持っていった。
男は情けない悲鳴を上げて、人質を解放し、仲間を連れて逃げ去った。

「………―」

はやての膝が折れる。
何だ、今のは。

あいつは、何だ。人なのか?

「…ごめんね。魔力、薄れるの分かって、それから来たから…」

はやては驚愕した。
こいつは、何を言っているんだ。
リインの魔力は古くに封印されていて、感じられるとしても、一般魔導師の千分の一がやっと。それなのに。

「…たまたま、散歩してたら、上からここが見えてさ…。
…綺麗な魔力だった。出来れば、救ってあげたかったんだけど…」

優しい言葉、声。
止めて、もう、止めて。
そう言いたかったのに、はやては無意識に少女の近くに歩み寄って、縋り付いた。

「なんでや…!!」

出てくるのは、無粋な言葉ばかり。
見知らぬ自分たちを救ってくれたことだけでも、ありがたいことなのに。
お礼の言葉は出ない。そんな自分が、情けない。

「何でもっと…、はよう来てくれへんかったんや…!!」
「ん…。ごめん…」
「もっとはよ来てくれたら、リインは、死なずに済んだのに…!!」

流しきった。
そう思った筈の涙が、雨のように溢れて、止まらなかった。

「なんでや…! なんであの子が、死ななきゃならんの…!!」

温かい、魔法を放つだけの手とは違う手が、はやての頭を撫でた。
甘えては駄目だ。甘えたら、きっと自分はとことんこの少女に甘えてしまうことになる。
何故かそれだけは、いけないことのような気がした。

それでも、崩れた壁は止まらない。

「う、ううっ…―!! うわぁぁぁあああ…!!」

怒号のような、それでいて胸を突き刺すような、悲愴に塗れた声は、凛々たる寒さの中で凍った。
はやては、春に包まれた中で、永遠の冬を味わった。

そして、夜が、雪が、明けた。

リインは埋葬された。空の見える家の中、はやてはそっと、手を合わせた。
横で、シグナムとシャマル、そしてヴィータも、黙祷と合掌で、彼女の冥福を祈っている。
そして、少女は破れた屋根の縁に腰掛けていた。
少女は一睡もしていない。はやては気に掛けたが、何時ものことだと微笑で返された。
その横には、昨夜少女を追うように現れた女性も居た。
黒髪に、紅い瞳をした女性だった。
少女の従者らしく、はやてを見るなり睨み付けたところを見ると、少女に心から従っているらしい。

「あの…」

不安そうな、幼い声。
あの悪夢の夜、巻き込まれてしまった、人質になった少女だった。
その時はそれ所ではなく気付かなかったのだが、この少女は驚くことに、リインと顔が瓜二つだった。
元々捨て子だったらしく、一人で夜道を徘徊している所を運悪く…。

らしいのだが、少女自身も色々と混乱しているらしく、詳しいことは分かっていない。
しかし、そんな少女を再び野放しにする訳にもいかず、シグナムやシャマルの気遣いによる反対を押し切って、引き取ることになった。

「なんや?お腹でも空いたか?」
「いえ、あの…。本当に私、ここに居てもいいのかなって…」
「……」

ああ、酷く、残酷だ。
健気な心も、控えめな笑いも、何もかも、瓜二つ。

「何ゆうとんのよ。うちにこないな可愛い子を見放せーゆうとんのか?あんた意外と酷いやっちゃなあ」
「え、あ、いや、そういう訳では…」
「せやったら、黙って居座っとき!なあに、四人が五人になったところで、そんなに変わらへんよ」

四人が、五人。
ああ、そうだ。例え眠っていても、リインは大事な家族の一員だ。

「でも…」
「ただし、うちの家族になった暁には、ごっつ厳しい家事の手伝いしてもらうで!
うちは大食い一家やからなあ。洗濯物もぎょうざんあるし、毎日仕事は絶えへんよ!!」
「え、ええ!?」

がしがしとその子の頭を掻いて、はやては明るく笑った。
無理やりな笑いだった。会ったばかりの少女には分からなくても、ずっと一緒だった三人は騙せない。
それが分かった上で、はやては無理な笑いを続けた。

笑える。大丈夫。
今は作った笑いでも、いつか本当の、心からの笑顔に変わるから。

失ったものは帰ってこない。
だけど、手に入るものが消えるわけじゃないから。
今あるものを、大事にしよう。
きっと、彼女も、それを―…

「…あの…」
「ん?まだなんか…」
「いえ、そうじゃなくて、泣いて…」
「え…」

本当に、無意識の内に流れた、涙だった。
幾度目かのそれは、やはり止まる気配を見せない。

「あ、あかん…。泣きすぎて、涙腺崩壊してもうたんやろか…」

目頭は焼けるように熱く、拭っても拭っても、止まらない。止められない。
平気でいたつもりだったのに。一晩、思いっきり泣いた筈なのに。
やはり、まだ受け入れきれていないのだろうか。

「ご、ごめんな…。あ、そろそろ朝ごはんの時間や…。支度、せな…」

よろよろと、目の前の‐偽り‐から逃れようと後退りをする。
銀の髪が、眼が、はやてを心配そうに覗き込む。
来るな。そう叫びそうになる喉を、鎮める。背中を向けて走り出しそうになる足を、抑える。

しかし、それももう、限界だった。

「―やれやれ…。随分と、世話が焼けるね。人間ってのは」

爆発しそうになったはやての心を、桜色が包んだ。
綺麗な桜色だった。蒼穹の光を受けて、昨夜のものよりも数段美しい輝きのそれは、はやての元へ舞い降りる。
細く、華奢な腕が、はやてを抱えた。それはまるで儀式のように、清純な行為。

「あ……」
「少し頭冷やした方がいいよ。外、お散歩しようか」

その言葉と同時に、少女の足下に十字架の、炎のような光が現れた。
飛行魔法の発動。はやても良く知っている。
よく、リインが見せてくれた、省略をしても特に問題は無い、術式を唱える為の土台だった。
はやては、この時が大好きだった。綺麗なリインの声を、一番近くで聴いている気になれたから。

「…レイ。そこのお姫様に、朝食の用意でもしてあげて」
「はい、主」

桜色の翼が大きく揺れた。風で閉じられた瞼を開ける頃には、二人の姿は消えていた。
リインは無表情のまま、残された少女に目をやる。

「…メニューは、いかがなさいますか?姫…」

数十分後。少女が歓喜の声を上げることになるのは目に見えていた。
レイは少し主のことを気に掛け、無礼なことだと止めた。

一方、その本人はどこまでも続く蒼い空を滑飛していた。

「どこまで、いくんや?」
「ん~…。あそこまで、泣き声が聞こえなくなるくらい遠いトコ、かな」
「な…!?」

はやては頬を朱に染めた。見た目は同い年の彼女に転がされっぱなしで、はやてとしてはあまり面白くない。

「冗談。君の気が鎮まるまで、かな?
いつになるか、分かったもんじゃないけど」
「わ、わるかったなあ…」
「悪くなんてないよ。全然」

大切な人に会えなくなるのは、とても辛いことで、悲しいことだから。
そう言って、少女は笑った。

「…なあ、あんた、どうしてうちらを助けたんや?
通りかかったからっていったて、別に素通りしてもよかったんとちゃう?」
「そうだね…。でも、そんなことしたら、私の気に入った人間が一人、消えちゃうじゃない?」
「え…?」

ふ、と少女は笑った。そして急に着陸態勢に入る。
焦るはやてを気にも留めず、少女は大地に向かって落下した。

「っ…!!」
「ほ、っと」

はやては強く瞼を瞑り、少女にしがみ付く。
気を抜くと振り落とされそうな衝動を受け、しかし実際は何の問題も無く、少女は毅然と足を地面に置いた。

「ね、名前は?」
「は…?」
「私は、ナノハ。ナノハ・タカマチ」

地にあっても、未だはやては少女…、ナノハの腕の中に居た。
はやては少し躊躇したが、直ぐに口を開く。

「うちは、はやて…。八神、はやて…」
「はやて…か。いい名前だね、はやてちゃん」

眩しい笑顔を向けられ、ナノハはやっとはやてを下ろした。
はやては今まで感じていた温もりが急に奪われて、少し寂しくなる。
しかしそんなはやてを他所に、ナノハははやての額に手を翳した。

「は、え、え!?」
「ね、はやてちゃん。君、魔力資質あるでしょ」
「え―…!?」
「これ、相当な力だよ。かなり古い、何千年も昔の力」

―リイン…。

はやては頬に冷や汗を垂らす。
それはきっと、リインが自分の元に来た理由。
薄々気付いてはいたが、自分の内に秘められた力に、はやてはずっと目を背け続けていた。

「どうする?私としては、その忌々しい封印を解いて、私のパートナーになって欲しいんだけど」
「解く、って…、解けるん!?」
「うん。あんまり頑丈な式じゃないし、今解こうと思えば、直ぐにでも」

逃してはならない、好機。はやては思った。
もうあのような過ちを繰り返してはならない。繰り返させないために、強くなりたいという願いを叶える、好機。

「ほんまに、うち…、強おなれるん?」
「うん。かなり。広域に向いていそうかな。近況戦は…まあ、そこそこかな。訓練しだいだとも思うけど」

力に、なれる。
それだけで、充分だった。

「お願いや、なのはちゃん…」

はやては初めて、ナノハの名を口にした。
手を取って、拝むように言葉を続ける。

「うち、もうあんな目に遭いとおない…。遭わせとおない!
せやから、お願い…。うちを強くして!!」

懇願の言葉。ナノハは呆気に取られたような顔になったが、直ぐに嬉しそうに頷いた。
蒼空が二人を見守る。漂うのは、春を先駆ける温かな風。

「ん。引き受けた。二人目契約成立ってことで」

とん、と。
指先が、はやての額に触れた。

放たれたのは、銀色の光。
彼女の髪と同色の、煌びやかで流麗な、光だった。




――そして。

私は辛い思い出の残るその地から移転。
そして常に彼女の支配下にあり、安全かつ居心地のよい、深い森の中に落ち着いた。

色々なことがあって。でも、終わるのはあっと言う間で。

そして今日も、私は彼女の分を生きている。
パートナーになるという彼女との約束を蹴って、私の愛しい家族と共に。

「ただいまです!はやてちゃん!!」
「リイン!早かったなあ。どうや?研修辛なかったか?」
「はい!みんな優しくしてくれましたし、それに…」

今も、この子に彼女の面影を重ねてしまうことはある。
寝顔を見ながら、泣くこともしばしば。
それでも…、

「帰ればはやてちゃんが待っていてくれるんだなって思うと、リインすっごく頑張れるんです!」

今のこの子を、今のこの子として、好きになっていこう。
そう、決めた。

「くう~っ!! 嬉しいこと言ってくれるやないか!
よっしゃ、今夜は特性ジャンボハンバーグや!!残さんよう、全部食べきるんやで!!」
「は~い!」

名すら無かったこの子に、彼女の名を与えたのは、確かに間違っていたことなのかもしれない。
きっと私は、この子をそう呼ぶことで、何かを得て、何かを忘れたかったのだろう。
でも、例えそれが、自分への甘さだとしても、私は、それを止めようとなんて思わない。

忘れてはならない思いも、忘れるべき感情も、きっと私はよく分かっている。
思い込みなんかじゃない。断言できる。


―そう。
私は今、幸せだ。




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