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#8

連続で上げていきます。

#8『 深海と、水面 』

確かめたかった。誰に、どうやって、そもそも確かめる必要なんてあるのか、分からないことだらけだった。でも、確かめたい。それくらいしか出来ないから。

雷光が唸った。金色の髪が風を受けている。
涙は風で乾いていた。跡が頬を辿っている。何処を目指しているのだろう。何処へ向かっているのだろう。空は果てまで続いて、同じように大地も遼遠だ。木々は深緑に染まり、湖は清澄な水で満たされている。

「母さん…」

眉根を寄せ、複雑そうな顔でフェイトは胸元に手を当てた。四年間恨んできた相手が、実は全く関係の無い人間だったという真実。本人の口から聞いた訳でも無いし、誰かからはっきりそう言われた訳でも無い。己の只の推測に過ぎなかったが、そこまで言われないと分からない程愚か者では無い。彼女の微笑みと言葉、行動に瞳、全てがそれを語っているのだ。

「私は…」

フェイトの唇が乾く。風が容赦なくフェイトの身体に襲った。胸中に悔恨がわいて、…いや、そんな言葉で表せられる感情では無い。フェイトの心に、やっと宿った感情なのだ。例えそれがどんな感情だとしても、フェイトにその感情の是非など付けられなかった。名前も無い、暗くて妙な、漆黒の感情。あるのは、痛み。

「私…、最低だ…」

追い詰められた表情で、フェイトは痛苦を表した。脳にこびり付いて離れないのは、微笑。
彼女の、何処までも妖艶で、何よりも誇り高い、微笑だった。
照り付ける太陽が、そんなフェイトを嘲笑うが如く眩しく、それを振り払うかのようにフェイトは翼を大きく唸らせた。
下は森。鬱蒼とした木々が何処までも続く、広大で深い森だった。

そこは、彼女たちが住まう地…。

「ん?金色…?」

フェイトが滞空している場から直ぐ近く、ほぼ真下に、彼女は居た。少し黒目の茶髪に、紺碧の瞳。バツ印に付けられたヘアピンが印象的な女性。名を、八神はやてといった。
彼女は空を見上げて、陽光を遮断する為の右手を額に寄せた。そこには太陽と混じって詳しくは確認出来なかったが、確かに誰かが金色をした魔法光の翼を羽ばたかせる姿が見えた。

「見慣れない魔法光と、妙なリンカーコアの波動…。というか、これ…」

濁った音のそれは、まるでフィルターでも掛かっているようなものだった。しかし、はやてはこの音に聞き覚えがあった。つい最近、自分の元に連れてこられた人間のものとそっくりだった。‐彼女‐の七人目の、拾いもの。

「こないなとこに野放しにするなんて…、何考えとんのやろな、なのはちゃんは…」

はやては左手に持っていた買い物籠を地面に置き、目を瞑った。するとはやての足元に奇怪模様で描かれた魔方陣が出現した。背中に生えるのは、白銀の翼。雪のように白く、銀のように艶やかなそれは、静穏に先端から揺らいだ。やがてそれは、宙を舞った。

「え…?」

フェイトがそれの存在に気付いたのは、漆黒と純白を纏った女性が眼前に現れた時だった。
その眼に、戦闘心は無い。いかにも怪しそうな女性に警戒心の欠片も見せず、魂を吸い取られたかのように呆けていた。

「…どうも。ウチ、八神はやてゆうんやけど。ああ、こう言った方が分かりやすいかもしれへんね。ナノハ・タカマチの拾いもの二人目や。よろしゅうな」

フェイトは大きく目を見開いた。それは興味か、関心か、それとも他の何かなのか。フェイトは脳内に浮かぶ様々な問いかけを、鈍った頭で処理し、需要のありそうなものを大声で投げつけた。

「彼女は―…!!」

紅い瞳が藍を射抜いた。フェイトにとって、目の前に居る女性は初対面であったが、不思議とフェイトにはやてに対する警戒心は薄かった。
はやてはフェイトの行き成りの叫びに少し驚いたようだったが、俯いたフェイトを見ると特に何も訊かず次の言葉を待つ。

「彼女は一体…、何者なんですか…」

蘇る瞳。驟雨の中に濡れた彼女の腕。背中に感じた温もり。
冷然とした微笑で、危害を加えると分かっていた自分に、それを殺せるだけの力があるのにそうしようとはしなかった。
拾いものと称して何人もの人間を救っているらしいが、一体何のために。そして、‐自分もその中の一人に過ぎないのか‐

「…落ち着くんや。ひとまず、な。自分、名前は?」
「フェイト…。フェイト・テスタロッサ」

同じように彼女に名乗った時。彼女は良い名だと笑っていた。

「ほんなら、フェイトちゃん。こないなとこで話しとったら埒があかん。ひとまず家まで来いや。茶くらい出す」

はやてはゆっくり降下した。フェイトの答えは聞かないつもりなのか、そのまま地面に向かって飛んだ。
フェイトもおずおず、それに続いた。今は兎に角何かを知りたい。そう思った。
そっとはやては大地に足を降ろすと、先程置いた買い物籠を手にとって、軽く叩いて歩き始めた。フェイトは翼を収めて後方に着いて行く。目に映る背中に、フェイトは無意識に彼女の背中を重ねていた。

草木や小枝を踏む音だけが流れる。苔で滑り易くなっている地面にフェイトは苦戦したが、はやては慣れた足付きで悠々と歩を進めた。
やがて少しずつ樹の数が減っていった。足場も均されて、随分と歩き易くなる。そして見えてきたのは、どこにでもありそうな一般民家だった。
フェイトは驚愕した。こんな無人の森の中に家が建てられていたなんて考えもしなかった。

「どうや?我が家自慢の一軒家。ゆうても、実はこれ、なのはちゃんから譲り受けたものなんやけどな」
「彼女が…?」
「せや。前の家は焼けて使い物にならんくなってしまったからな」

詳しくは後で聞かせてやるから、とはやては玄関まで歩いて行った。石で作られた低い階段を登り、白く塗られた扉を開けると、中には狭くも広くも無い廊下が現れた。ナノハの城に比べれば箱庭のような家だったが、あの城のように無機質な感じが無い。温かい、平凡な家族の住まいだ。

「ただいまー。お客さんや」
「お客さん?…ああ、なのはちゃんの!」

薄黄緑色のエプロンをした女性がリビングに設置されたキッチンから現れた。濡れた手をハンドタオルで拭いて、フェイトに迫る。
フェイトは見覚えの無い女性に少し戸惑った。その女性、シャマルは、愛想の良い笑顔でフェイトを迎えた。

「初めまして、シャマルと申します。はやてちゃんの…家政婦みたいなものです」
「うちの家族や。よろしゅうな」

はやての言葉は、果たして否定なのか肯定なのか。
フェイトにとっては、はっきり言ってしまえばどうでも良かったのだが、ただ温かいなとは思った。
はやてはにっこりとフェイトに笑いかけると、そそくさと台所に戻った。

「あ、それでは客間に案内しますね」
「…あの」

振り返ろうとしたシャマルを、フェイトが呟きで止めた。
シャマルは怪訝そうな顔をする。かなり大人しいので、彼女は大体の理由をはやてから既に聞いているものだと思っているからである。
フェイトの顔は、見知らぬ地で迷子となってしまった子供のようだった。いや、実際そうなのだが。

「どうして、私を知っているように話すんですか? 初対面では、ないんですか?」
「あら、聞いていないの? 何も?」
「聞くって、何を…?」

シャマルは唖然とする。
シャマルの目には、フェイトがはやてに結構懐いているように見えたが、そこははやての寛大さから生まれたものなのか。
そう思うと、シャマルの顔は自然に緩んだ。

「そう…。でも、何も聞いていないのは、確かに不安よね?
まあ、はやてちゃんのことだから、ここに呼んで、お茶でも飲みながらゆっくり話すつもりだったのかもしれないわ。取り敢えず、こちらへどうぞ」

結局フェイトの質問に答えることはなく、シャマルはフェイトを案内した。
フェイトは少し怪しんだが、ここで自分を襲っても、自分は金品の一つも持っていない。
もしあの話が全て偽りだったとしても、この人たちが敵だったとしても、逃げ切れる自身が無いわけではない。それに、この人たちが私を騙す理由もないし、本当に初めからそうするつもりなら、あんな嘘など吐く必要も無い。
そう思ったフェイトは、今は大人しくシャマルの後に付いていくことにした。

「…さて、二人とも。茶入ったで」

フェイトは黙ってカップを受け取った。琥珀色の液体が静かに揺れる。
鼻腔を擽る柔らかな香りを吸い、フェイトは僅かだが警戒心を緩めた。

「まあ、うちもまどろっこしいのは嫌いや。フェイトちゃんも、手っ取り早く需要のある話だけ、聞きたいやろ?」

はやての紺碧の瞳が細められ、唇の端が引かれていた。
ナノハとも、レイとも、あの老人とも違う、微笑。
怖くも無いが、優しいわけでも無い。不思議で、奥深い。

「うちは正直フェイトちゃんのこと、全然全くこれっぽっちも知らん。会うのやって、これで二度目なんやからな。
ただ、うちは、なのはちゃんのことやったら、よく知っとるつもりやよ」

少し驚き、少し傷付いた。
何故だかは分からない。そう思ったのだ。
はやてはフェイトの様子を伺って、しかし何も言わずに言葉を続けた。

「…知りたいか?」
「え…―」
「なのはちゃんのこと。知ったら戻れへんし、きっと今以上に傷付くことになるかもしれへんのや。
それくらいの覚悟があるか、聞いとるんやよ」

知りたいのか。知りたくないのか。
フェイトにとって重要なのは、そこではない。
そんなことは、あの場から逃げた時点で決まっていること。
償う罪と、背負わなくてはならない痛み。それを確かめたくて、飛び出たのだから。

「その眼、まだ覚悟はできてへんかったようやね」

そうだ、その通りだ。
フェイトにとって、ナノハの中に一歩踏み込むことへの戸惑いはとても大きいもの。
その行為が、どれくらい覚悟の必要なことかくらいは、ナノハの微笑みと、はやての瞳の光を見ていれば良く分かる。
生半可な思いで、足を踏み入れてはいけない領域。

「私に、それを聞く資格なんて、ないんです」

脳に流れてきたのは、声。
自分を責める彼女を、美しいと思ってしまった。

「でも…」

もし、恨んでしまったことを償える手段があるのなら。
傷つけてしまったことに対して、謝罪をするだけの立場に立つことができるのなら。

「自己満足だっていうことくらい、分かっているつもりです…。
それでも彼女に、…謝りたいんです」

強い意志と言葉。
それにはやては小さく頷いて、微かに笑った。



「―…十年前。
まだうちがあんたよかちょお幼かったころの話や…」

はやてはお茶を啜り、深刻とも気楽にとも取れない面持ちで話し出した。
フェイトは、自らの意思で踏み出すことを決めた。


もう、戻れない。


* * *

「それで…、どうされるおつもりですか?」

澄んだ風が肌を擦る。
心地よくて、眠気まで誘うそれは、ナノハにとっては鬱陶しいことこの上無かった。

「どうするって…、分かってるくせに」
「…ご冗談は程ほどにしてくださいよ」

悔しそうに、それでもあくまで平静に。
直ぐ前に居る主の背中を見つめながら、レイは笑った。

―つい、この前まで。
ついこの前まで、レイはこの主のことを誰よりも分かっていると思っていた。

しかしそれは、只の思い上がりでしかないことを、分からされた。
認めざるを、得なくなってしまった。
それはつまり、自分の存在意義が無くなったことを、自ら認めることになってしまったということ。
悔しくて、どうしようもなくて。
遠い存在がますます遠くなっていくのを、見ていることしかできない自分が、情けなかった。

「…レイ。変なことを考えているなら、よしなよ」
「…主にとっては変なことなのかもしれませんが、私にとっては―」
「変なことだよ。些細な思い込み」

優しく、同等に冷酷な言葉の一つ一つが、レイの平静を崩す。
二度目は無いと言い聞かせてきた筈なのに、こんなにも脆く、弱い意思に、レイは歯軋りをする程悔しがった。

―一番辛いのは誰なんだ。
一番助けを必要としているのは、誰なんだ。

それは、少なくとも自分ではない。
自分は、もう充分に救ってもらったから。

だから、自分の我が侭で、壊してはならない。

「―そう、ですね…。そう、思うことに、します」
「そう…。ね、レイ…」

搾り出した声は、これ以上無い程に小さく、掠れて、聞き取りにくいものだった。
風が吹けば消えてしまいそうな、塵のような声。
それでもナノハは、その言葉に微笑みで返答をした。威厳と誇りに満ちた、温かく、冷たい微笑で。

「大丈夫だよ。だって、レイはレイでしょう?」
「―――……」

残酷な言葉。
身を、心を、滅ぼす。

微風が、レイの黒髪を揺らした。
指先を掠めるその風は、レイの体温を少しずつ奪っていく。
そして、視界が滲んだ。風が当たると、痛みが走る。レイは一度だけ瞬きをして、それを瞼の内に隠した。

「はい…、主」

ナノハは雪のような微笑を浮かべた。
レイは自らの意思で、この場から身を引くことを決めた。

もう、進めない。


* * *

「…ウチが知っとるんは、こんくらいや。
でや。フェイトちゃんが踏み出す勇気の、足し位にはなったか?」

フェイトは無言であった。
煎れられた茶は冷めて、添えられた菓子は既に湿気てしまっている。
それほどまでに、その話はフェイトにとって興味深く、何より今一番欲している彼女の情報なのだから、はやての口から紡がれる一音さえも逃したくなかった。

しかし、フェイトが本当に知りたかったことは、その話には含まれていなかった。
はやての過去、経緯、彼女との関係は、とても興味のあるものではあったが、それだけだった。

「あの…」

そうなると、分からなくなってくる。
今、自分は何を知りたいのか。そして、それを知った自分は何をすればいいのか。

「…まあ、こっから先、もしくは前が知りたいんやったら、本人問い詰めて吐かせるんやな」
「そんな―…!」

本当は分かっているのかもしれない。
でも、確かなのは、今ここで目の前の女性を問い詰めた所で、救ってくれる手は差し伸べられないということ。

紅茶の水面は揺れ、赤褐色の透明な光は、静かにフェイトの高ぶる感情を抑えた。
赤い瞳が映り、フェイトはすかさず紅茶から眼を離した。

「…分かり、ました。すいません、お邪魔して」
「ええんやよ。ウチはこないな場所にあるから、来客なんて滅多にないんや。せやから、いつでも好きな時間に来るとええよ」

似ていて、それでいて、正反対な、微笑。
例えるのならば、闇。真っ白な羽が、闇に溶ける瞬間。

「―…」
「なあ、フェイトちゃん」

瞼が閉じられる。見ていない筈なのに、その手はしっかりと前を見据えた行動をしている。
中身が入ったままのお茶を盆に戻して、ガラス同士が叩かれる涼しい音が絶えず響いた。

「うちは、あんたよりもなのはちゃんのこと、よお知っとるんやで」

やや乱暴に置かれたカップの中身が一滴、宙に舞って再び水面に着地する。
全てが計算され尽しているように、その指先は動じるという言葉を知らない。

「逃げるのも立ち向かうのも、全部フェイトちゃんの勝手やよ。それはフェイトちゃんの意思なんやからな」

薄く開かれた瞼の中に映る、藍色の瞳。
漆黒の海面に、一筋差す月光のように、それは微笑んだ。

「せやけど、なのはちゃんを悲しませたらあかんよ。そないなことしたら、うちはあんたを許さへんからな」

鎖のように拘束はしない。
手錠のように鍵なんてない。

「分かったら、ととっと帰るんやな。帰る場所がある内に」

よく分からない、大きな影。
分かるのは、この影は、彼女とそっくりで、そして、正反対だということ。
それだけ。

「…八神、はやて…」
「ん?」
「…ありがとう」

それはとても、優しい光。

「…ふん」

背中の過去と、痛みの、輝き。

「どういたしまして、フェイトちゃん。
次会うときまで、うちの名前忘れんときいや」

それはとても、遠い光。



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